お客様さまの記憶に残り続ける

モノを売る上で、「理解・信頼・記憶」という3つの要因が必要なことは、
自分に置き換えてみると、とてもよくわかります。
あんたは、知っている営業マンとまったく知らない営業マンと、どちらから買いますか❔
あなたは、いつも憶えている人と、忘れえしまっている人とどちらからかいますか❔
答えは言うまでもありません。
理解している人から買いたいと思うはずです。
信頼している人から買いたいと思うはずです。
記憶しているから買いたいと思うはずです。
これが人情というものです。
理屈ではありません。

理解、信頼、記憶」を満足させると、「売れる下地」ができあがります。
売れる下地があって初めてお客様は商品の話を聞いてくれるようになります。
下地がないまま、商品の話をするから嫌われることに私は気づきたのです。
いかにも口がうまそうな営業マンに会ったことはありませんか。
名刺ひとつで、昔から親しかったように喋りだし、巧みに商品を勧めててくる人に。
その時あなたは、こんな感情を持つはずです。
「どうして私が、あなたから買わないといけないんだ❔」
あなたは、その営業マンを理解していないし信頼していない。
つまり「この人なら買っていい」という基本的な下地がないから買わないのです。
モノを売るのは、ある意味簡単なことです。
実は、たったひとつの要因を満たすだけで、

きわめて安定的に売上をあげることができるからです。
それは、お客様の記憶に残り続けるということです。
お客様は、その商品が必要になった時、憶えている人から買います。
自分の頭の中に存在していない人に、声はかけようがないからです。
つまり、お客様からあなたではなく、他社の営業マンから買ってしまう最大の理由は、
単にあなたのことを忘れているからにほかなりません。

情報紙(新聞)をお客様に届ける

彩花新聞115号

お客様と信頼関係を築くためのツールがなぜ新聞なのか❔

それは、売り込みをかたくなに拒否するお客様の、

懐に、いとも簡単に入る込むことができるからです。

つまり、「新聞はお届けします・・・」という名目ならば、

お客様は拒否する理由がなくなってしまうのです。

だからすべてのお客様が、素直に私を受け入れてくれるのです。

商品の案内チラシや売り込みのDMは、何度も出しすと嫌われます。

しかし、新聞なら何度出してもお客様に嫌われることはありません。

定期的に新聞を届けることによって、お客様の機嫌を損ねることなく、

記憶に残り続けることができる。

それどころか、伝えたいことを確実に伝えることができる。

この、できそうでできなかったことを、反復アプローチによって完了することができるのです。

無垢のフローリングに最適な蜜蝋ワックス

日々触れるモノの安全性、住まいの環境、地球の環境・・・
よくある合板フローリングではなく、あえて無垢材のフローリングを選ぶお施主様には、「こだわり」があるはずです。そんなお施主様には、無垢フローリングの心地よさを活かす自然素材のワックスをつかって、快適な毎日を過ごしていただきたいと思います。私達がおすすめしているのは、未晒し蜜蝋ワックスです。

蜜蝋(みつろう)」とは何かというと、ミツバチが体内から分泌したロウで、
ミツバチの巣に使われています。
日本国内の養蜂家にお願いして蜂蜜をとったあとの「ムダ巣」を集めてもらい、
これを湯せんし3~4回晒しで不純物を取り除きます。
そして、厳選した中国産「荏胡麻(えごま)」の種子を日本国内で絞って取り出した、
一番絞りのエゴマ油とあわせます。
そのとき蜜蝋とエゴマ油の状態を見極める勘が一番大切で、手作りにこだわって製造しています。

挨拶は自分から

 

挨拶は、コミュニケーションの第一歩です。

人と人の心の距離を縮め、より良い人間関係を生み出すことから、

「挨拶は心を結ぶ金の鎖」と言われます。

しかし、習慣的に、日々何気なく交わしているだけに、つい形だけになって、

本質が伴わないことがあります。

挨拶の本質とは何でしょう。

挨拶とは、自分から心をひらき、相手を受け入れる姿勢を表明するものです。

「私はあなたに対して心をひらいていますよ」という真心のこもった挨拶は、

必ず相手の心に届きます。

また、「されたから応える」「好きな人にだけ挨拶をする」では、本当の挨拶とはいえません。

自分から進んで挨拶をする、すなわち、自分が先に心をひらくところにこそ、値打ちがあります。

たかが挨拶、されど挨拶です。

誰に対しても、先手で明るくはっきりと、相手の顔を見ながら、

朗らかに美しい挨拶を交わしましょう。

彩花新聞の効果

彩花新聞115号

去年の12/初めに開業した整形外科があります。

一応、彩花にお願いするお約束は頂いていましたが、

その後、彩花新聞を10月・11月・12月・1月分を持って訪問していました。

そんな折、事務所に電話があり今月の末掃除をお願いしますと嬉しい連絡が入りました。

偶々、長男が腰が痛いので整骨院に行こうかなと言っているを聞いて、

その整形外科に行ってと頼んで行って貰いました。

院長先生の診察を受けながら、話に出たのが「彩花新聞」の件、

10年も続けてあることに恐れいりますと・・・・。

又、地域情報やお客様の情報など、

迷惑にならないような心使いがあり素晴らしいと言われたそうです。

この病院でも、「地域を巻き込む仕事」をと考えていた時、

この新聞を見てビックリしたとのことです。

「これから色々と教えて下さい」とおそれ多い言葉を頂いたようです。

こんな小さな掃除会社のささいな新聞を通じて関係が生まれるとは・・・

うれしく感じると共に感謝感謝

インフルエンザ

 

インフルエンザにかかってしまいました。

1/15の日曜日ぐらいから、喉が痛み・手足の節々に異常を感じて、

熱はそんなにないので、インフルエンザと思わず、診察に行く。

検査の結果はインフルエンザA型とのこで、それから家に隔離、

1週間は外気にふれないようにと言われじっとしてます・・・。

私は現場の仕事に出ていなのでいいのですが、同じ日に長男も、

たまたま、山口に現場があり、出張で行ってたのですが、

診察に行ったらその結果インフルエンザAとのことで、帰って来ました。

大変だと思いながらも、これが個人企業だったら仕事はストップしてしまい、

病気でもマスクして無理して働かないといけません。

組織にしていて本当に良かったと、病気して思いました。

又、スタッフに任せて自分が休まれるのも会社の成長とみんなに感謝して

休ませてもらってます。

木鶏

荘子に収められている故事に 由来する言葉で、

木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす。
     
「由来」

故事では紀悄子という鶏を育てる名人が登場し、

王からの下門に答える形式で最強の鶏について説明する。

紀悄子に鶏を預けた王は、10日ほど経過した時点で仕上がり具合について下問する。

すると紀悄子は「まだ空威張りして闘争心があるからいけません」と答える。

更に10日ほど経過して再度王が下問すると「まだいけません。

他の闘鶏の声や姿を見ただけでいきり立ってしまいます」と答える。

更に10日経過したが「目を怒らせて己の強さを誇示しているから話になりません」

と答える。

更に10日経過して王が下問すると「もう良いでしょう。

他の闘鶏が鳴いても、全く相手にしません。

まるで木鶏のように泰然自若としています。

その鳥の前に、かなう闘鶏はいないでしょう」と答えた。

上記の故事で荘子は道に則した人物の隠喩として木鶏を描いており、

真人(道を体得した人物)は他者に惑わされること無く、

鎮座しているだけ衆人の範となると説いている。

※今年は鳥年です・=・=。

私も7月で62歳になります。

今まで、戦って勝ち取って行くのが仕事と思っていましたが、

正月に荘子の書を読んで「木鶏」のことが上記のように書いてありました。

何かここに人間として生きる意味が隠されている事に気がつきました・・・。

このことをモットーに今後の人生を生きて行こうと思います。

鬼すべ

1月7日は芥屋の鬼すべです。

太宰府天満宮は有名ですが前原の老松神社などでも、

この日にあってます。

悪いことを払って、1年良い年にしようと言うお祭りです。

隣長ををしていることで前日から準備で大変でした。

鬼すべの日も、雨が降るのではということで、

テントを張るとかはらないで朝10時から集まり忙しい1日になりました。

住んでいる故郷の行事も、いくつかありますが、

組長をしたことで意味がよくわかり、勉強になりました。

今回は、2回目の組長で、60歳という年を重ねて故郷の良さをを感じ、

伝統行事は残して行きたいと感じる1日でした。

 

 

 

 

新山口市の作業

今日から新山口市のホテル40室に入っています。

4名入って14日間かかるようです。

ビジネスホテルに泊まりになります。

作業写真が送ってきました。

積極的心構えは心のレンズだ

ここで、積極的心構えについてもう一度認識しておこう。

このことは、心構えを持続する上でも意味がある。

消極的で自己否定な考え方を積極的で自己肯定的な考え方に置き換えるよう

意識的・能動的に努力すること。

これが積極的心構えだということは、前に触れたとおりである。

言ってしまえば、積極的心構えとは、「心のレンズ」だ。

レンズが黒味を帯びていれば、見える景色は当然暗い。

ひきかえ、空の色のように透き通ったレンズを通して見れば、

景色はもっと明るいものになる。

もし、景色が薄暗く見えるようだったら、別のレンズにすればいいだけのこと。

見たくない風景を頭にいつまでもたたずんでいる必要はない。

レンズはいつでも取り換え可能なのだ。

あなたは、自分次第で見たい風景を選択できる。

もし、「毎日が退屈で仕方」と思っているならば、

あなたの手中に別のレンズがあることを知っておいてほしい。