エアコンキャンペーン追い込みに

エアコンキャンペーンも、

終わりに近づき1ヶ月をきりました。

現在の台数は840台まで到達しています。

目標1000台に後160台になりました。

これからの追い込みが大変です。

スタッフも、ほとんどのお客様に連絡して、

何とか工夫してはいますが・・・。

数字が伸びていないので、朝礼で気合を入れた所、

作業から帰ってきてまたまた、

電話攻撃を始めていました。

その結果、本日の契約台数が、

20台になり数字が伸びました。

やはり何かをすれば成果は出る、

そこを乗り越えたところに人間成長があるのです。

みんなで一致団結して目標1000台達成します!!

▪ハウスクリーニンング 福岡

 

心のレンズ

心のレンズは積極的な心構えを維持する上でも
意味があります。

消極的で自己否定的な考え方、
積極的で自己肯定的な考え方に置き換えるよう
意識的・技能的に努力することです。

積極的な心構えとは「心のレンズ」なのです。

レンズが黒味を帯びれば、見える景色は当然暗い。

ひきかえ、空の色のように透き通してみれば、
景色はもっと明るいものになる。

もし、風景が薄暗くみえるようだったら、
別のレンズに変えればいいだけのことです。

見たくない風景を前にいつまでもたたずんで
いる必要はない。

レンズはいつも取り替える事が可能のです。

あなたは、自分次第で見たい風景を選択できる。

もし「毎日が退屈でしかたない」と思っているならば、

あなたの手中には別のレンズがあることを知って
おいてほしいものです。

心のレンズを積極的に変えることで、
幸せになるのです。

▪ハウスクリーニング 福岡

井戸を掘っているか❓

成功する経営者は、水汲みに行くのが速い。

成功し続ける経営者は、井戸掘るのが速い。

この二人の経営者に決定的な差は

「仕組化」の発想だ。

一旦は成功するが、継続的成功できない経営者は、

水なんて、いつでも汲んでこれるさ・・・

心のどこかで、そう考えているから、

「仕組化」するという発想を軽視する。

だから、安定的な経営、効率的経営が出来なくなってしまう。

毎日、水を汲みに行くか❓

井戸を、掘るか❓

あなたは、どちらを選ぶだろう❓

ここに人間未来の差が変わってくる。

成功する経営者は、水汲みに行くのが速い。

成功し続ける経営者は、井戸掘るのが速い。

この二人の経営者に決定的な差は「仕組化」の発想だ。

一旦は成功するが、継続的成功できない経営者は、

水なんて、いつでも汲んでこれるさ・・・

心のどこかで、そう考えているから、

「仕組化」するという発想を軽視する。

だから、安定的な経営、効率的経営が出来なくなってしまう。

毎日、水を汲みに行くか❓

井戸を掘るか❓

あなたは、どちらを選ぶだろう❓

ここに人間未来の差が変わってくる。

▪ハウスクリーニング 福岡

心を磨く

掃除をしているときの自分は、

いつもきれいな気持ちになります。

掃除しながら、人を騙してやろうとか、

誰かを陥れてやろうなど考えることはありません。

また、人を憎んだりする気持ちになったことはありません。

心を無にして純粋な気持ちで取り組めるのが掃除です。

掃除は精神浄化作用があるように思います。

とくに、汚いトイレをきれいにしますと、

気持ちがすっきりし、素直(純粋)な心になれます。

素直(純粋)な心になると、不思議と先のことが

よく見えるようになります。

人間が心配のあまり不安な気持ちになり、

悩み苦しむのは先のことが見よくみえてない

からなのです。

素直(純粋)な心になり、

先がよく見えるようになると、不安がなくなり、

余計な取り越し苦労をしなくなるわけです。

結果において、心が磨かれるのです。

そんな訳で、掃除は仕事の原点であり又、

人としての心を磨く大事なことのようです。

汚いなど思わず、胸を張ってやりましょう。

まさに、我社の理念「商いを通じて人間成長」

なのです。

▪ハウスクリーニング 福岡

 

ありがとう箱

信頼関係を高めていくには、事業パートナーや取引先に対しても

同様ですが、「人の強みに注目し、公正に評価すること」

が大事になってきます。

人に得意なことを任せたとき、やる気が湧くし、結果を出せば、

「自分は皆の役に立っている自分に価値がある」

と自身を持つことができます。

仕事を任せた相手に対して、「またこの人と仕事がしたい」

という気持ちにもなり、信頼関係が高まっていくのです。

ただし、仕事の信頼とは、「仲良しこよし」

のことではありません。

この信頼関係を作るにはという事で、

彩花はスタッフのコミュニケーションづくりで

「ありがとう箱」を作りました。

事務所の2か所に下げています。

人の良いところを探そうということから始めました。

その結果、たくさんの「ありがとう」の声が集まりました。

スタッフも仕事に励む態度が変わってくると思います。

▪ハウスクリーニング 福岡

 

時代変化に・・・

以前、九州には福岡からユニード・熊本から寿屋と凄い勢いで

スーパーの店舗数が増えていました。 

その後、大阪からダイエーが進出してきて2社とも潰れてしまいました。

ダイエーは福岡に本社を置き、球団を持ち、

日本で2番目のドーム球場まで持つ勢いがありました。

しかし、そのダイエーも、イオンに吸収されてなくなってしまいました。

又、コンビニ競争も同じく、個人経営の地域の商店がなくなり、

商店街はシャッター通りと化してます。

過疎地は利益が上がらないので、コンビニは出来ません。

その地域に住んでる人は、ちょっとした買い物やタバコなど買うことができず困ってます。

そして、最近はドラックストアの進出です。

ドラッグストア同士の戦いは勿論ですが、スーパーを脅かしています。

あんな大きなお店をコンビニのように建ててくるのですから業界は大変だと思います。

昔の商売は「お互いさま」が原点だったのが・・・

競争で相手を潰してしまえの戦略になっているようです。

我々、中小企業はこんな経営では、やっていけません。

「お互い様」の精神で、サービスと素早い対応の経営をして行き、

地域に根ざす経営が生き延びて行く手段ではないかと思います。

▪️ハウスクリーニング 福岡

4歳に・・・。

 

 

孫の知彗(ちさと)

明日で4歳です。

本日は保育園の遊戯会でした。

演技は建設現場で働く人とのことで

ヘルメットはプラスチックの容器でつくり

腹巻はタオルを巻いているのです。

ズボンはグリーンの鳶のラッパです。

すごくカッコ良かったです。

大きくなるのが早いものですね・・・

▪️ハウスクリーニング 福岡

 

「洗浄機」

広いところは、この洗浄機で床を洗い、その後にワックス塗るのです

洗いとバキュームが一緒なので作業が早いです。

▪️ハウスクリーニング 福岡

 

人を喜ばせるのが大好き

商売抜きで、「相手をすごく喜ばせたい」という気持ちのある人は、

結果として商品は売れるものです。

そうした営業マンは、仕事のうえでもお客様の感謝の声を目指しています。

お客様から、「いい商品だな」「いや、本当に助かったよ」と言われたい。

そういうスタンスで仕事をしている人は、売上も上がっています。

たとえば、何か機械を買ってもらって、納入後にその調子を見に行く。

そうしたアフターフォローも、営業の手順としてこなすのでなく、

何よりも「お客様が喜んでいる顔を見たい」という気持ちで訪ねて行っているのです。

商売ありきの表面的なご機嫌取りでないことは、お客さまにも伝わります。

営業の仕事は地道な苦労も多いものですが、人に喜ばせるのが好きな人は、

お客様から頂く「感謝の声」をエネルギーにして乗り切っていけるのです。

もしあなたが、「顧客貢献」を本心から自分の喜びと思えているならシメたものです。

その気持ちを持ち続けて行動していけば、間違いなく成果に結びつくはずです。

 

 

 

私の人生

高校を卒業後、二つの会社を経験し、 その後、あの有名なダスキン加盟店に入社して16年間働きました。 この会社とのご縁があり私の人生が変わったのです。 たまたま、高校の先輩が課長でおられ(最後は九州支店長に)この方のおかげで、 営業力がみるみるうちに付き成長して行きました。 この方は、高校の後輩・糸島の人間ということで目をかけてもらい「モッチャン」と 声をかけて頂いたことで、自分が変わっていきました。 まさに、親・先生から褒められることと同じではないかと思います。 なぜか、成績と共に、短期間で自分が変わっているのが判るのです。 自分が営業に向いていたこともあったと思いますが・・・ それに気づかせて頂き声をかけて頂いたお陰と思います。 福岡地区・県・九州でナンバーワンになり、全国的にも「九州には持田がいる」 とまで言われるようになり、アメリカ・香港マカオ・オーストラリアなど招待で行かせて もらいました・・・ 又、人から人の噂のすごさには驚きました。 自分が自慢して言ったわけでもないのに、みるみるうちに、 知り合いとかお客様や同級生に営業の実績が広がってたのです。 営業もやりやすくなり、営業マンとして実績も挙げ、部下を20人持つようになりました。 しかし、今度は中間管理職の悩みが出てきて、 <営業と人を使うことは全然違う>ことの苦しみに陥りました。 そのことに悩み苦しんで、鬱(ウツ)になり・・・従業員をなぐり・・訴えられる寸前までに・・・ そのようなことが続き、まさか33歳の若さで癌に・・・ その当時「癌」は死を意味することでした。 今は、医学が進み、手術はもちろん・抗がん剤・放射線など治療ができるようになり 「癌」と病院から宣告を受けます。 しかし、その当時は一切、告知してくれません。 だいたい、家族や先生の顔をみればどんな状態かわかります。 手術から5年後、妻とか母親から、その当時の癌の状況を聞いて分かったことですが、 3年位前から出来ていた癌だそうでした。 だから、運良く私は助かったと言うわけです。 家族にも心配をかけました。この時、二人の子供がまだ小学生低学年でしたし、 死ぬかもしれない」と言う恐怖と「絶対に死ねない」と言う強い思いの中で、 人生観がすっかり変わりました。 ・・・・・前編はここまで